主引用発明に2以上の副引用発明を組み合わせると本発明に想到することを理由として、本発明の進歩性を否定する拒絶理由が通知されることがあります。
これに対して、副引用発明が2つ以上あることだけに着目し、『主引用発明に2つも副引用発明を適用すること自体が難しい、すなわち「容易の容易」は容易ではないから進歩性があるはずだ』と平気で言っている専門家(弁理士を含む)がいますが、これは間違っています。
以下に「容易の容易」について説明します。
いわゆる「容易の容易」とは、主引用発明に、2つの副引用発明を直列的に適用することをいいます。副引用発明は周知技術等であっても構いません。
例えば、構成要件Aからなる主引用発明に、構成要件Bからなる副引用発明1と、構成要件Cからなる副引用発明2を適用して、構成要件A+B+Cからなる本発明に想到することが容易か否かを検討するケースです。主引用発明から出発して本発明へ至る創作過程が2段階になっています。
このような場合であっても、副引用発明1および副引用発明2の主引用発明への適用が「直列的」ではなく「並列的」である場合は、「容易の容易」を検討するケースには該当しません。通常、そのような適用は「容易である」と判断されます。
「並列的」とは、例えば以下のようなケースです。
主引用発明:自転車
副引用発明1:素晴らしい音色を奏でる特定構造の自転車用のベルa
副引用発明2:滑りにくい構造の自転車用のタイヤb
本発明:「素晴らしい音色を奏でる特定構造の自転車用のベルa」と、「滑りにくい構造の自転車用のタイヤb」とを備える自転車。
「容易の容易」について検討している裁判例はいくつかありますが、その多くは進歩性が否定されています。つまり、『「容易の容易」に該当するから進歩性がある。』と判断されている例は少ないです。
その少ない中の1つに「平底幅広浚渫用グラブバケット」事件(平成27年(行ケ)第10149号)があります。
この裁判例では、「容易の容易」について以下のように判断されています。
「・・・当業者は,引用発明1において,上記課題を解決する手段として,副引用例1に開示された構成を適用し,相違点2に係る本件発明の構成のうち,「シェルの上部にシェルカバーを密接配置する」構成については容易に想到し得たものと認められる。しかしながら,シェルの上部に空気抜き孔を形成するという周知技術は,シェルの上部が密閉されていることを前提として,そのような状態においてはシェル内部にたまった水や空気を排出する必要があり,この課題を解決するための手段である。主引用例1には,シェルの上部が密閉されていることは開示されておらず,よって,当業者が引用発明1自体について上記課題を認識することは考え難い。当業者は,前記のとおり「シェルの上部にシェルカバーを密接配置する」という構成を想到した上で,同構成について上記課題を認識し,上記周知技術の適用を考えるものということができるが,これはいわゆる「容易の容易」に当たるから,上記周知技術の適用をもって相違点2に係る本件発明の構成のうち,「前記シェルカバーの一部に空気抜き孔を形成」する構成の容易想到性を認めることはできない。」
この裁判例の要旨は以下を参照して下さい(上記は以下の要旨の一部のコピペです。)。
http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/068/086068_point.pdf
この裁判例の全文は以下を参照して下さい。
http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/068/086068_hanrei.pdf
要するに、『「シェルの上部にシェルカバーを密接配備すること」が開示された副引用例を主引用例に適用することは容易であるが、主引用例1には,シェルの上部が密閉されていることは開示されていないのだから、密閉されている場合に発生する課題を解決する手段である「シェルの上部に空気抜き孔を形成する」という周知技術を適用することは容易ではない』ということです。
この裁判例を一般化すると、「主引用発明に副引用発明1を適用し、さらに別の副引用発明2を適用する場合において、副引用発明2を適用する(動機付けとしての)課題を、主引用発明に副引用発明を適用してなる発明からは認識できるものの、主引用発明からは認識できないのであれば、副引用発明2を適用することは容易ではない。」ということになると思います。
なお、特許・実用新案審査基準にも、動機づけは主引用発明と副引用発明との間において検討すると記載されています。上記の場合、副引用発明2の課題は主引用発明の課題ではないので、審査基準に則れば、主引用発明に副引用発明2を適用できないことになります。
主引用発明においては課題とはならないが、主引用発明+副引用発明1からなる発明Xでは生じる課題がある場合、この課題を解決する手段である副引用発明2を発明Xに適用することは容易ではない、よって、進歩性があるということになります。
次に、発明者の創作過程の観点から検討してみます。
発明者αはまず初めに課題Aを見つけます。そして、その課題Aを解決する手段Wを従来技術の中から探します(検索します)。なお、この時点で発明者αは、手段Wがどのようなものかは認識していません。
そして、その課題Aを解決する手段Wを見つけてしまえば、その発明者αの仕事は終わりですが、その解決手段Wは見つけられず、それに近い発明Xは見つけたとします。この発明Xは、例えば、課題Aをそれなりに解決する手段ではあるが、満足できるレベルで解決はしていないような発明ということになると思います。(ここで見つけた発明Xは主引用発明になります。)
この場合、発明者αは課題Aを解決するため、発明Xを改良しようと努力します。この努力の過程で、さらに従来技術を探します(検索します)。ここで探すときには、課題Aに着目しているはずです。そして、その改良手段に相当しそうだが、まだ足りてしない発明Yを見つけたとします。つまり、発明Xを発明Yによって改良した発明(=発明X+Y)を見出したとします。しかし、これによっても課題Aは解決されていないとします。
そこで、発明者αは、発明X+Yを改良しようと努力します。この努力の過程で、さらに従来技術を探します(検索します)。ここで探すときには、課題Aに着目しているはずです。発明X+Yによって新たに発生した課題Bに着目していないはずです。(これを「着目している」とした審決がでてしまったのが、平底幅広浚渫用グラブバケット事件ということになります。)
そして、課題Aに着目してその改良手段に相当する発明Zを見つけることができたとします。つまり、発明Xを発明Yおよび発明Zによって改良した発明(=発明X+Y+Z)を見出し、これが課題Aを解決できるとします。このような場合、本発明である「発明X+Y+Z」は、従来技術である発明X,発明Y、発明Zから容易に創作することはできることになります。よって、進歩性がない、ということになります。
一方、課題Bに着目すればその改良手段に相当する発明Zを見つけることができるのだが、課題Aに着目した場合はその改良手段に相当する発明Zを見つけることができないとします。つまり、発明Xを発明Yによって改良した発明X+Yにまでは想到するのだが、さらに発明Zによって改良した発明(=発明X+Y+Z)には想到しないとします。このような場合、本発明である「発明X+Y+Z」は、従来技術である発明X,発明Y、発明Zから容易に創作することはできないため、進歩性がある、ということになります。
関連する裁判例
平成15年(行ケ)353号
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/952/009952_hanrei.pdf
平成14年(行ケ)第117号
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/211/010211_hanrei.pdf
平成13年(行ケ)第470号
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/171/011171_hanrei.pdf
参考になる文献(かなり難易度が高いと思います。)
深沢正志、「いわゆる「容易の容易」が問題となった事例」、tokugikon、2005.11.14.no.239,P85-87
http://www.tokugikon.jp/gikonshi/239hanrei2.pdf